1月終わり、スクールの関係者宛に亜希子から転居はがきが送られてきた。
「この度、こちらに転居することになりました。本来であればご挨拶に伺うところですが、書状にて失礼致します」
こんな簡単な内容だった。
そして同じ頃、スクールから、全保護者宛に、横田の監督退任と主任コーチの池田が新しく監督に就任したことのお手紙が届けられた。
「怪しいと思っていたけれど、やっぱり本当だったんだ」
「横田さん、亜希子さんの初めての相手だったそうよ」
「へえ、それで、もう一度燃え上がっちゃたんだ」
「『焼け木杭に火がつく』って、こう言うことなのね」
「言葉だけだと思っていたのに、本当にあるなんて」
ママたちの情報網は凄く、
「ねえ、監督と亜希子さんが裸でいるところに監督の奥さんが飛び込んで来たんだって?」
「違うわよ、お口でしているところだって!」
「えっ、お口……」
と、あの夜のことまで、既にママたちに広まっていた
「監督も亜希子さんも離婚調停だって」
「あの亜希子さんが、ねえ、信じられない」
しかし、もっと大変なのは後任の会計幹事になった小林(こばやし)由美(ゆみ)と補佐の海老塚(えびづか)恵美子(えみこ)だった。本来ならば、1月から亜希子に教わりながら引き継ぐ筈だったのが、その亜希子はもういない。
「もう、やだ!辞めちゃおうかな?」
「私も辞めるから!」
新監督の池田も泣きたいくらいだ。だが、ママたちの協力がなければスクールは運営できないので、小林由美と海老塚恵美子を何とか説得して、3人で後始末をすることにした。
「これ、お店の発行した領収証かしら?手書きしてあるけど」
「ねえ、このレシートにプリントされてる和紙セットなんかスクールで使ってないけど」
「変ね……山田監督が亡くなって時の香典だけど、規則では5千円なのに3万円も引き出しているのよ。小林さん、海老塚さん、これを見て下さい」
三人は顔が青くなってきた。
「ひょっとして、使い込み?」
「まさか亜希子さんが」
三人は亜希子が会計幹事だった2年間の会計書類を徹底的に調べ出した。
本来ならば、これまでも領収証を1枚1枚ちゃんとチェックしなければいけないのだが、「亜希子さんなら安心」と誰もが信じていたから、亜希子が会計幹事の時には誰も会計書類なんかちゃんと見なかった。
会計書類は完璧に辻褄が合っているが、添付されている領収書は、スクールでは使用しないものだとか、どう見てもプライベートで買ったものと思われるものが多数含まれていた。
「定例会議のお茶代、これもひどいわ。出金伝票しかないの。1回に2千円も掛からないのに3千円を引き出して、お釣りも領収書もないわよ」
「うちの母の葬儀、香典5千円だったけど、この書類だと1万円よ」
これは序の口。池田監督が調べた毎月の監督、コーチと保護者の懇談会では、お茶菓子などを買っても2,000円ほどしかからないのに、必ずもう一枚の2,000円の領収書が付いていた。
「おいおい、何だよ、これ。出鱈目じゃないか」と池田監督は憤り、これら、亜希子が担当していた2年間を調べた結果、43件、合計278,600円の怪しい領収書が見つかった。
「ねえ、どうしようかしら?」
「どうしようって、これはいけないことよ」
「それは分かっているけれど、これから誰に相談したらいいかってことよ」
「使い込みだから警察かな?」
「えっ!警察……」
「警察なんかいやよ。亜希子さんが逮捕されるとこなんか見たくない」
「しかし、なあ……このままには出来ないなあ」
結局、池田監督が知り合いの弁護士に相談し、使い込んだ約28万円は二人に請求することになった。
当然のことだが、亜希子と横田が払う代償はこんなものではない。
一旦実家に戻った亜希子は、四国に居る夫のところに何度か会いに行ったが、いづれも門前払いで、慰謝料と養育費を請求され今は双方弁護士を立て離婚を前提とした話し合いをしている。
横田も同じような状況だ。
初恋の甘酸っぱい思い出は二人に取り返しがつかない過ちをもたらしてしまった。
————- 完 ————-
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