終章 甘い味は苦い味
「浩二、いい香りね」
母親は息子の変化に気が付いていた。
「部活で遅くなった」と言って午後9時過ぎに帰って来ることが度々あったが、ユニホームが汚れている訳でもなく、それどころか香水の匂いがする時もあった。今日もそうである。
「サッカーの練習なのに、ユニホームは汚れてないし、香水の匂いがするけれど、何をしてたのよ?」
「いや、あの、ごめん……ク、クラスの仲間でカラオケに行ってたんだ。つ、疲れたから、もう寝るよ」
慌てて自分の部屋に逃げ込む浩二に母親は胸騒ぎを覚えた。
何か変なことに巻き込まれていないといいんだけど……
あの匂い、女子高生のじゃないわ……
佐伯蓉子のマンションでも変な噂が広まっていた。
佐伯さんのところに若い子がよく来ているけれど、
妖しい声がするのよ。
私も驚いちゃったのよ。間違いなくあの時の声よ。
相手はどうみても高校生よ。いやねえ……
そして、万引き被害に悩まされているスーパーでは監視カメラの増設と保安員も増やし、警戒を強めていた。
「いいですか、必ずイヤフォンと小型マイクを付けて下さい。カメラは増やしましたが、見えないところがあります。相手はそこを狙ってきます。二人組、三人組もいます。こいつらは、カメラから見えないように立ったり、手荷物を交換したりしますから、おかしな動きがあったら、必ず監視室と連携して下さい。それから追い込む時は二人以上でお願いします。一人で捕まえようとすると、荷物を交換され、それで逃げられてしまいますから」
スーパーが特別警戒体制を始めて三日目、蓉子と浩二は別々の入り口から店に入ってきた。
「今日は嫌な予感がするんだけどな」と浩二は気が進まなかったが、「何も買わないでうろうろするから怪しまれるのよ。浩二は先に買い物をして、それらをこのバッグに詰める。私は同じバッグにいろいろ入れるけど、浩二とバッグを交換しちゃえば、店員が私に中を見せろって言ったって、レジ済の商品しかないでしょう? 大丈夫よ」と全く気にしない。
それでも、「う~ん、大丈夫かな……」と渋ると、「大丈夫よ、大丈夫。帰ったら、たっぷりいいことしてあげるから」とそそのかされ、浩二はお菓子などを数点買うと、レジで支払いを済ませ、持って来たショルダーバッグにそれらを詰める。
そして、浩二は蓉子と擦れ違いざまにバッグを取り替えると、出口に急いだ。
「ねえ、見た?」
「ああ、カメラにばっちり写っているぜ。女はこっちで確保するから、男を頼みます」
保安員たちが監視室とインターコムで確認しあうと、女性の保安員はガードマンと共に、浩二を店の外で捕まえ、別の出口では男性保安員が蓉子の腕を掴み、万事休す。
「帰ったら、たっぷりいいことしてあげるから」
それは叶うことはなかった。
(了)
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