第一章 逮捕
「待ちなさい。精算していないものがあるでしょう」
山口(やまぐち)浩二(こうじ)は店を出たところで出たところで後ろから腕を掴まれた。振り向くと目つきの鋭い女性が立っていた。
顔面蒼白、頭の中では「これで学校は休学、悪くすれば退学」と、生きた心地がしなかったが、おめおめ捕まりたくはない。
「ちょっと、何するんですか! 離してください」と浩二は声を荒げ、女性の手を振り払おうとしたが、直ぐに男性のガードマンも飛んできて、身動きもできなくなった。
そして、周りを取り囲んだ人たちから、「高校生でしょう」、「いやねえ、万引きだって」、「親の顔が見たいわね」と囁く声が浩二の耳に虚しく届く。
「このバッグの中身は何かな? 君が常習犯だってことは店のビデオで分かっているの。女も捕ったわよ。直ぐに警察が来るから、せいぜい言い訳でも考えていたら」
そう言われ、女性保安員に事務所に連れて行かれると、佐伯(さえき)蓉子(ようこ)もそこにいた。
「これは何だね?冷凍食品、牛乳、キャベツ、それに……」
男性店員がショルダーバッグから取りだした品々は総計20点、総額は約5千円ほど。そこに店長が入って来るなり、「毎回、いろいろやってくれるね。お前たちは、とんでもねえ野郎だ。ウチの店は、てめえらの倉庫じゃねえぞ!」と吐き捨てるように言った。
浩二は観念していたが、悪女の蓉子はここに至っても諦めない。
「店長さん、私もこの子も、もう二度と来ませんから、警察だけは許して下さい。警察に捕まったら、私たちはこの町に住めなくなっちゃうから、今回だけは許して下さい」と泣き落としに掛かった。だが、堪忍袋の緒が切れている店長は許さない。
「それなら、町を出て行けばいいじゃないか。どうせ、他の店でもそんなことを言っているんだろう。この町に居たって人様に迷惑ばかりかけるんだから、この町を出て行けよ、クズ野郎!」と蓉子が腰掛けるパイプ椅子の脚を蹴飛ばした。
普通ならこれでビビるものだが、蓉子は図々しく「店長さん、許して下さい。私、離婚してから、生活が苦しくて、苦しくて」と泣きながら店長の脚にすがりつく。
しかし、今日は絶対に許さないと、店長のみならず、男性店員、女性保安員も「おい、警察だ」、「もう連絡しました」と聞く耳を持たない。
間もなく、警察が到着し、佐伯蓉子と山口浩二は万引きの現行犯で逮捕された。
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