第四章 知ってはいけないこと
6月初め、蓉子がコンビニに行くと、浩二が文房具などの並ぶ下の棚を覗いていたので、ビックリさせようと思い、そっと後ろから近づき、肩をポンと叩いたが、浩二は「えっ」と振り向いたものの、「何だ、おばさんか」と素っ気なかった。
期待が外れて蓉子は「何よ、この間はパンティを見てドキドキしていた癖に……」と意地悪したくなり、「酷いわ、『おばさん』だなんて。もっとましな呼び方はないの?」と腰に手を当て、怒ってみせると、「あ、いいや、ごめんなさい」と謝るが、攻め手を緩めず、「まっ、仕方ないか、36だもん。浩二君から見たら、とっくに『ババア』だから」と背を向け、「ああ、嫌だ、嫌だ。すっかり『ババア』になって」と皮肉っぽく呟いた。
すると、「あ、いや、僕はそんなつもりはなくて……」と慌てふためくが、そこですかさず向き直り、「だったら、私のことをどう思っているの?」と得意の上目遣いで見つめる。
哲也のような遊び慣れている者は、「全くからかって」と笑って終わりだが、同じ高校生でも、ひたすら部活のサッカーに打ち込む浩二には笑えない。
蓉子の視線をそらしながら、「あ、いや、よ、蓉子さんはきれいだし、お母さんよりずっと若くて」と言うと、顔が赤くなってきた。
こうなれば、蓉子のもの。もうひと押しとばかりに、「若くて、それで、好きかな?」と手を握ると、浩二は傍らで見ているのが恥ずかしい程に顔が真っ赤になって、「あ、いえ、それは……」と言葉が続かず、シドロモドロになっている。これで完全にのぼせ上がってしまっているが、止めは、いつものように浩二の腕に胸を押し付けながら、「私も浩二君が好きなの」と体を擦り寄せる。
仕上げに、「ねえ、うちに遊びに来ない?」と誘えば、ポアッとして頭が真っ白になっている浩二に断れる筈がない。
浩二が断れる筈が無い。
「いいわね、じゃあ決まり。よし、買い出しよ」とカゴを浩二に持たせ、蓉子はケーキやスナック菓子にビールやコーラなどをそれに入れていく。しかし、レジから遠い奥の角に来た時、彼女がトートバッグにさっと生理用品を詰め込むところを背中越しに見てしまった。
「あ、あの」
「どうしたの、浩二君?」
「いや、あ、あの……」
浩二はびっくりして声が出ないのに、蓉子はあっけらかんとしている。
そして、「じゃあ、これでお金を払ってきてね。外で待っているから」とハンドバッグから1万円札を取り出し浩二に渡すと外に出て行ってしまった。
浩二はレジの間もドキドキし、おつりを渡されると駆け出すようにしながら店から出ていくと、「ご苦労様」と笑顔で蓉子が待っていた。
「いけないよ、こんなことしたら」と言いたかったが、「さあ、行きましょう」と手を引かれると、もう何も言えない。
「ねえ、コーヒー、ジュース、何がいいの?」
「あ、あ、ジュース」
蓉子の部屋は楽しい時間の筈だったが、「あれは間違いだった」と思い続ける浩二にとっては苦痛でしかなかった。
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