秋、弥生は妊娠していることに気がついた。
生理は乱れることが無かったが、いつまで経っても生理にならず、おりものが増えていた。もしや?と思い、薬局で買ってきた妊娠検査薬を使うと陽性だった。
心配になって産婦人科で検査を受けると「おめでたです。」と医師から告げられた。
弥生は迷ったが、浩介にそのことを告げた。
「赤ちゃんができたの。浩介の赤ちゃんが」
進路指導室は眩しい程に蛍光灯が光っていたが、二人とも押し黙ったままで、時計の針の音だけが響いていた。
「私、産むから」
「えっ……」
「浩介は気にしないで。これは私の責任だから」
「だって」
「僕の子です、なんて言ったら大変なことになるわよ。だから、あなたは黙っていなさい」
「弥生さん」
「42で妊娠するとは思わなかったけれど、浩介の子供だから嬉しいのよ。悩んだけれど、もう産むことを決めたから、何も言わないで」
弥生は立ち上がって、ふぅーと伸びをすると、窓の外を眺めながら、「“秋の日はつるべ落とし”、よく言ったものね。すっかり陽が暮れているわ」と言った。
「だから、卒業するまで、もう私に話し掛けないで。さようなら」
そう言うと弥生は進路指導室から出ていった。涙が出ていたよう思えた。
浩介が進路指導室を出たのはそれから1時間も後のことだった。
1月で全ての授業が終わり、さあ、大学入学試験!
浩介は現役で志望校に合格したが、3月の卒業式には弥生の姿はなかった。
7月、浩介に1通の封書が届いた。差出人は「須藤弥生」となっていた。そして、手紙に写真が添えられていた。
手紙には「今、あなたの子供と二人で暮らしています。大学卒業まで待っています」と書かれていた。
同級生が二人の結婚を知って腰を抜かしたのは、もう少し後のことである。
————- 完 ————-
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