【第二章:飛んでる女】
慶子は子供の頃から背のすらりとした美人だった。地元の高校を卒業した後、東京の女子大に進み、20歳で処女を卒業、それから毎年のように男を替える、当時で言えば「飛んでる女」の走りだった。
26歳まで東京のデパートに勤務していたが、「いい加減にしなさいよ」と実家に呼び戻され、親の薦める相手と見合いさせられることになった。
夫の英一は地元の食品会社に勤めるサラリーマンだったが、あまり背が高い方ではなく、慶子と並ぶと見劣りしていた。
「どうして?」
誰もがそう思ったが、慶子自身、「そろそろ潮時かな」と思っていたので、外見にはこだわらず、「正直な人なら、それでいい」とあっさり結婚した。
義父母も「お前たちの好きなようにしなさい」と新婚生活には干渉せず、さらに結婚3年目には家業の山本米店も譲ってくれたので、順風満帆とまでは言わないものの、それなりに、いい結婚生活を送っていた。
だが、昭和44年(1969)4月に発足した自主流通米制度、そして、昭和47年(1972)3月には米が物価統制令の除外項目となり、スーパーマーケットでも米の販売ができるようになると、売り上げは年々減少し、「稼いでこそ男」と考える慶子は、夫に対して大いに不満を抱くようになった。
「ねえ、ちょっと考えてよ。このままだったら、由紀子が高校を卒業する前に倒産しちゃうわよ」
慶子は心配だったが、英一は「客が『スーパーの米なんかまずくて食えない』って言っているんだ。心配することはない」と耳も貸さなかった。
「なら、いいわよ。私にだって考えがあるんだから」
そして、考え出したのが、使っていない離れの6畳間を貸すことだった。
「バカ野郎、他人を家にいれるのか?」
「だって、家計が持たないでしょう」
夫婦で一悶着あって、妥協の産物が、相手は真面目な高校生、そして、小学3年生の一人娘、由起子の勉強を見てくれることだった。
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