見かけは寺島しのぶ似
高校時代に貯めたおこずかいも、個室ビデオに頻繁に通えば、減るのも早い。アルバイトを見つけないと。
賢一は偶然に新聞で見つけた「アルバイト募集、大学生歓迎」の折り込みチラシを持って、スーパーマーケットの面接を受けたところ、あっさり採用になった。
「5月の連休明けからでいいかな?」
「はい、よろしくお願いします」
「このような場所もあるけど、売り場もいろいろあるから、どこでもいいよな?」
担当の山田主任がバックヤードを案内しながら店の中を説明している時、
「ほら、そこ、何をぼやっと突っ立ってんのよ!」と後ろからきた台車を押してきたオバサンに叱られてしまった。
「あ、いや、川崎さん、アルバイトの」
「そんなの後、仕事の邪魔よ、どいて!」
威勢のいいオバサンに取りつく島はなく、山田主任は苦笑いしていた。
「気が短い職人たちと一緒にいるから、オバサンたちも遠慮が無いんだ」
「はあ、そうですか」
賢一は当り障りがない返事をしたが、山田主任はニヤッと笑って、「レジにはきれいなオバサンもいるから、楽しいこともあるよ」と付け加えた。
しかし、実際にアルバイトが始まってみると、店内はレジもバックヤードも忙しく、どこに「きれいなオバサン」がいるのか、そんな人を探している時間はなかった。
5月下旬、アルバイトを始めて2週間しか経っていないのに、賢一はもう辞めたくなっていた。体力的にはそうでもないが、年齢の違う人と一緒に働くのは、とても気疲れる。
そんな時だった。
「中西クン」と売り場主任の風間弥生に呼び止められた。
よく見れば、女優の寺島しのぶに似ているが、言うことは厳しい。お世話になっている山田主任も、「あなたは偉くなるんだから、しゃきっとしなさい!」と度々叱られている。そんな彼女に「あのね、明日の棚卸作業なんだけど、残業してお手伝いしてくれない? オバサンたちはイヤなんだって」と言われたが、出来れば断りたかった。
しかし、相手は売場主任。おまけに「お願い。ご馳走するから、ね、いいでしょう?」と頼まれれば、「はい」と答えるしかない。
だが、いやいやながら加わった棚卸作業は、思いの外、楽しかった。
棚卸しは在庫調査だから、脚立に登って商品棚を調べたり、保管場所を間違えた商品を入れ替えたりする。
「はい、ここよ」と言われ、脚立に登ると、「35番は何箱?」と聞かれ、「えーと……」と数えていると、「遅いわね」と文句を言われる。そして、「次はこっち」と脚立を持って移動し、また登る。倉庫は広いから、疲れるし、もう勘弁して下さいと思ったが、「今度は私よ」とTシャツにジャージに着替えた弥生が脚立に登る。
あれ、意外と面白いオバサンだな……と思って下から見上げていると、棚の奥まで調べるのに、背伸びするから、Tシャツの裾が捲れてお腹が見える。
(えっ、ウソだろう……)
いけないことだと思いながらも、そこを覗いていると、「ねえ、5番は10箱、分った?」と大きな声が飛んできた。一時の油断も出来ない。「あ、は、はい」と賢一は慌てて在庫帳に書き込んだ。
「今日はありがとう。助かったわ」
棚卸しが終わった時、そう言ってくれたが、「こちらこそ!」と言いたい気分でもあった。
そして、「どうせ帰ったって、コンビニのお弁当でしょう?」と約束通り、帰りにご飯をご馳走してくれた。
一緒にご飯を食べてみると、風間主任は厳しいが、「話せる女性」だった。彼女には中学生と小学生の子供がいる。だから賢一の好きな曲やアイドルも知っていて、つまらぬ職場だと思っていた賢一にとって、大袈裟だが、まさに「地極で仏」。
レストランを出て、バスを待っていると、「辞めちゃダメよ」と言われた。
驚いた賢一が「どうして知っているの?」と聞き返すと、「私を誰だと思っているの?」と笑われた。そして、「誰もそうなのよ。1ケ月もてば、もう1ケ月。半年もてば、もう半年。そうやって我慢するの」と背中をポンポンと叩いて励ましてくれた。
(いい人だなあ……)
バスの中から手を振る弥生を見送る賢一の頭から、アルバイトを辞めることは消え去っていた。
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