二人は一線を越えてしまった。
「いや、あれはアルコールのせいよ」と言い訳しても、もう元には戻れない。
慶子は智之に、「このことは絶対に内緒よ」ときつく言ったが、一度体の関係を結んでしまうと、互いに意識してしまい、普通には振る舞えず、いつしか、関係は露見してしまうものだ。
特に、初めてだった智之はそれが顕著だった。
「おはよう」
毎朝交わされる挨拶も、小学生の由紀子には、「おはよう」と返せるが、慶子には「あ、は、はい」とぎこちないどころか、言葉にならないこともあった。傍らにいた由紀子に「お兄ちゃん、何かおかしい」と言われ、「遅くまで勉強していたから、眠くて」と誤魔化したが、冷や汗ものだった。
「じゃあ、行ってきます」
夏休みに入り、智之は実家に帰省したが、離れていればいるほど、思いは募る。だから、まだ夏休みを1週間も残した8月下旬、彼は戻ってきてしまった。
「ただいま」
「あら、早いのね」
「だって」
智之は「会いたかった」と言葉には出さなかったが、目を見れば明らか。慶子も同じだったが、「お部屋、掃除してあるから」と務めて平静を装った。
だが、狂おしい程に智之のことが気になって仕方がない。
「ただいま」と彼が外出から帰ってくると、娘の由紀子は「お兄ちゃん、お帰り!」と無邪気に駆け寄り、抱き付くが、慶子はエプロンをギュット握り締め、我慢していた。そして、夫が配達に出掛けてしまうと、智之の離れに入ってみたくなるが、すんでのところで踏み止まり、「な、なんてことを」と顔を赤らめることも少なくなかった。
そして、この日も。
「あら、もういいの?」
「は、はい、お腹いっぱいだから」
智之の頭の中は慶子のことばかり、勉強休憩に用意したケーキも、大好物なのに食が進まない。
「じゃあ、私が食べちゃおうかな?」と慶子は智之が使ったスプーンでそれを食べてしまったが、目ざとい娘に、「ああ、ママ、お兄ちゃんと間接キスしちゃった!」とからかわれ、ドキッとしてしまった。
あれはいけないこと、頭では道徳的に考えるが、触れたい、抱き締めたい、セックスしたい……そんな気持ちが日に日に増してくる。
だが、あの夜のように、夫も娘もいない夜など、そうそうにはない。でも、もう我慢も限界だった。
(いいわ、眠らせちゃえばいいんだから……)
明日から新学期という夕方、ある企みを胸に秘めた慶子は「洗濯物よ」と離れに上がると、智之に擦り寄り、「今夜、待っててね」と囁き、慌てて母屋に戻って行った。
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