【第一章:出会い】
昭和52年(1985)3月、長野県U市の山本米店に、母親に連れられた15歳の少年が訪ねてきた。
「あの、お電話しました米田ですが」
「あ、これはどうも。おーい、お客さんだよ」
応対に出たのはこの店の主人の山本(やまもと)英一(えいいち)、40歳、そして、「はーい、今、行きます」と奥から出てきたのが妻の慶子、38歳だった。
「ほら、ちゃんとご挨拶しなさい」
「米田智之です」
少年の名前は米田智之。4月からU市にある進学校に進むことが決まった15歳。だが、住まいのある田舎町からでは、通学に時間がかかるので、高校のあるU市に下宿を探していた。
「U高校に入学するなんて、ご立派な息子さんですね」
「いえいえ、とんでもございません。全く無愛想で、困ってしまいます」
「男の子は元気が一番ですよ」
智之は無愛想というより、緊張して上手く喋れなかっただけだが、それを「口数の少ない男」と主人の英一は受け留め、「うちでお預かりさせて頂きます」と話は簡単に決まった。
そして、荷物の整理を終え、これから田舎町に戻ると言う時、智之の母親は涙を堪えて、「生意気ばかり言っていますが、まだまだ子供です。初めての一人暮らしなので、いろいろご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願い致します」と下宿先の山本夫妻に頭を下げると、「いえいえ、とんでもありません。優秀な息子さんにうちの娘の勉強を見て頂けるので、こちらこそ、よろしくお願いします」と英一はそう答えていた。
何よ、調子のいいこと言っちゃって
でも、うだつの上がらないあんたより、ずっといい……
「お母さん、ご心配なく。それより、この人、いつも配達で家にいないから、こんな立派な男の子がいてくれると、とても安心です」
こう言って慶子が智之の母親の手をぎゅっと握ると、「そうですか。奥様からそのように言って頂けると、私も安心です」と智之の母親はすっかり慶子のことを信じ込み、田舎町に帰って行った。
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